40代からはじまる未来へ

自分に正直に生きていこうと思ってます

思い出に抱かれても罪はない

先生の奥さんから遺影の写真で良い写真があったらという事で写真探しをしました。ベッドをどかして押入れからアルバムを1冊1冊確認。遺影になりそうな写真を探していたんだけどなかなか見つからず。懐かしくって見入ってしまって進まないし。テレビでは今までたっくさん撮影してきたギタークラブの映像を見ながら。1回目から見て見たんだけど・・・

もうはるか遠くの昔のようにも感じる。それに先生がすごく楽しそうにみんなとギターを弾いてる姿がもうたまらない気持ちになる。文化祭もボランティアライブも先生がまとめてやってくれたのでやりきれたんだろうな。オレには出来ないな・・・。

忘年会も楽しかったな・・・たくさんのギタークラブの思い出が走馬灯のように駆け巡ってます。先生が亡くなるまでギタークラブはもう自分の中では封印していたような気持ちだった。あまり振り返ることもないし見ていて辛く感じることもあったので。

今はこうして撮影し続けていて良かったなと思う。先生と一緒にギタークラブをやってきたことがこうして残ってることが嬉しい。楽しくギターを弾くことをコンセプトにしてたなとか。あの時の会長としての気持ちを取り戻すかのように見入ってました。

時間はもう戻らない。でも確かにこのときのギタ―クラブは最高に楽しかった。どうして今、こんなにつまらなくなってしまったのかわからないけど。先生がいないからだったのかな。散々不満だらけだったのに今、そんなことを思う自分は最低だ。

先生がいてくれてギタークラブは活動できていた。そう思う映像たちだった。100回記念の時に僕が作ったスライドショーがあるんだけどそれを見るだけで涙が・・・。楽しかった思い出と先生への感謝。

ギタークラブやってた頃は仕事も安定していて気持ちにも余裕があった。それが仕事はうまくいかないし今みたいに事故ってからの転落。ギターを前みたいに楽しめなくなって気持ちに余裕もないからつまらなく感じてるのかなって悲しくなった。

あのとき先生への不満もあり青春恋歌を解散して終わらせようとしていたことが本当にバカだった。知らなかったとはいえ先生が闘病中にギタークラブに復帰したいと言ってたそうです。その希望のギタークラブをオレが奪うところだった。本当にごめんなさい。

もうギタークラブを解散なんて考えません。

先生にフォトブックを作りたいと思ったのでその編集も一緒にやっていたら朝の10時になってました。なかなか良いフォトブックできたけど予算オーバーで保留になってしまった。お金に余裕ができたら作ります。出来る事ならやっぱり良いもの作りたいからね。

ギタークラブ頑張らないとね!